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7体の仏像が見えますが、両側の各3体は前後2体ずつあります。
合計十三佛という訳です。
応永14年(1407年)とは足利義満の時代。
応永の乱(応永6年)では山口の大内氏が足利幕府からその強大な勢力を警戒され、大内義弘が成敗された。
応永14年(1407年)にはその弟の盛見(もりはる)が大内氏の当主。
盛見(もりはる)は、兄義弘の菩提を弔う為に香積寺(こうしゃくじ:今は瑠璃光寺)の五重の塔の建築を始めました。
同じ頃にこの十三佛が建立された事になります。
周囲にはこの近辺でかって祭られていた野仏達が集められ、併せ祭られています。